シャイニングの双子 / ダイアン・アーバス

  • Day:2013.10.31 20:38
  • Cat:映画
今日はハロウィーンにちなんでの記事です。

注:写真、ちょっぴりこわいです^^;;;。



(すいません、例によって終わってしまってからの投稿です)









心の準備のためのスペース。























わたしの3大ホラー映画といえば、ポランスキーの「ローズマリーの赤ちゃん」と「テナント」、
それとキューブリックの「シャイニング」。














シャイニングにはキューブリック監督が色々とサブリミナルメッセージを折り込んでいて、
色んな観方ができる(ホロコースト、アメリカン・インディアンの虐遇、アポロ計画陰謀論等々。。。)映画らしいのですが・・・・

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"Room 237" オール・アバウト・シャイニングのドキュメンタリー映画です。
残念ながら、今のところ日本では未発売のようです。
映画「シャイニング」について、マニアックなファンが重箱の隅をつつくように熱く語るトリビア、隠された意味の数々。
分析に分析を重ね「そうだったのか!」と感心すること多数、時にちょっと無理があるのでは?というようなセオリーもありますが、キューブリック・ファンなら絶対に面白く観れるドキュメンタリーです。




やっと本題です。



ところでこの子たち↓。

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自分で貼っておきながら、やっぱりどっきーん、と何度見てもコワいのですが・・・

キューブリックは正式には認めていないと、どこかで聞いたような記憶があるのですが、
この子たちにモデルがあるのをご存知でしょうか。





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「Identical Twins, Roselle, New Jersey, 1967」
ダイアン・アーバスの写真です。


シャイニングの1シーンと、アーバスの写真の子たち、ポーズはもちろん、膝の少し下までスクリーンに撮っているところ、そっくりです。
位置こそ逆ですが、片方の女の子が僅かに微笑んでいるところもそっくり真似ています。




ひぇーーーーーー。







ぷちっ。話題が変わる音です。









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この写真は2006年のハロウィーン写真です。
重い蝋燭を持てるたっちゃんの両手、すごいかも、です。





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たっちゃんのかぼちゃ蝋燭をぽちっとありがとうございます。

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HPアーカイブ② 北原白秋

HPアーカイブ② 今回は "Read it in Books" のページより北原白秋です。







        



北原白秋

        ”長崎の、長崎の
        人形つくりはいぢらしや、”









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            足くび

         ふらふらと酒に醉ふてさ、
         人形屋の路次を通れば
         小さな足くびが百あまり、
         薄桃いろにふくれてね、
          可哀相(かはいさう)に蹠(あしのうら)には日があたる。
          馬みちの晝の明るさよ、
         淺艸の馬道。






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人形つくり

長崎の、長崎の
人形つくりはおもしろや、
色硝子………青い光線(ひすぢ)の射すなかで
白い埴(ねばつち)こねまはし、糊で溶かして、砥の粉を交ぜて、
ツイとトロリと轆轤(ろくろ)にかけて、
伏せてかへせば頭が出來る。

その頭は空虚(うつろ)の頭、
白いお面がころころと、ころころと…………

ころころと轉(ころ)ぶお面を
わかい男が待ち受けて、
青髯の、銀のナイフが待ち受けて、
マブタ、マブタ、薄う瞑(つぶ)つたマブタを突いて、キユツと抉(え)ぐつて兩眼(りやうがん)あける。
晝の日なかにいそがしく、
いそがしく。

長崎の、長崎の
人形つくりはおそろしや。
色硝子…………黄色い光線(ひすぢ)の射すなかで
肥滿女(ふとつちよ)の囘々(フイフイ)教徒の紅頭巾、唖か、聾(つんぼ)か、にべもなく
そこらここらと撰んで分けて撮(つま)む眼玉は何々ぞ。
青と黒、金と鳶(とび)色、魚眼(うをめ)の硝子が百ばかり。
その眼玉も空虚の眼玉、
ちよいとつまんでマブタへ當てて
面(おもて)よく見て、後をつけて、合はぬ眼玉はちよと彈(はぢ)き、
ちよと彈(はじ)き
箝(は)めた、箝めたよ、兩眼箝めた…………
露西亞(ロシヤ)の女郎衆が、女郎が義眼(いれめ)をはめるよに、
凄や、をかしや、白粉刷毛(おしろひはけ)でサツと洗つてにたにたと。
外ぢや五月の燕(つばくらめ)ついついひらりと飛び翔(かけ)る。

長崎の、長崎の
人形つくりはおもしろや。
色硝子…………紅い血のよな日のかげで
白髪あたまの魔法爺(まはふおやぢ)が眞面目顏(まじめがほ)、じつと睨んで、手足を寄せて、
胴に針金、お面に鬘、寄せて集めて兒(こ)が出來る。

兒が出來る。 酷や、可哀や、二百の人形、
泣くにや泣かれず、裸の人形、
赤う膨れた小股を出して、頭みだして、踵を見せて、
鮭の卵か、兒豚(こぶた)の腹か、水子、蛭子、を見るがよに、見るがよに、
床に積れて、瞳をあけて、赤い夕日にくわと噎(むせ)ぶ。
くわと噎ぶ。

人形、人形、口なし人形、
みんな寒かろ、母御も無けりや、賭博うつよな父者(ててじや)もないか、
白痴(ばか)か、狂氣か、不具(かたは)か、唖か、墮胎藥(おろしぐすり)を喫(の)まされた
女郎の兒どもか、胎毒か………
しんと默つてしんと默つて顫えてゐやる。
傍ぢや、ちんから目さまし時計、
ほんに、ちんから、目さまし時計、
春の小歌をうたひ出す、
佛蘭西(フランス)の銀のマーチを歌ひ出す。

長崎の、長崎の
人形つくりはいぢらしや、
いぢらしや。





*補注
「マブタ」(目へんに匡)はJis漢字コード非対応のためカタカナ表記してあります。
「ツイ」、「トロリ」、「キユツ」は原詩ではすべてひらがなに傍点です。



現代の人権意識に照らして大変不適切な語句や表現がありますが、
作者が差別助長の意図で使用していないこと及び時代背景、作品の価値を考慮し、
原文のままとしてあります。ご理解ください。











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硝子切るひと

君は切る、
色あかき硝子(がらす)の板(いた)を。
落日(いりひ)さす暮春(ぼしゆん)の窓に、
いそがしく撰(えら)びいでつつ。

君は切る、
金剛(こんがう)の石のわかさに。
茴香酒(アブサン)のごときひとすぢ
つと引きつ、切りつ、忘れつ。

君は切る、
色あかき硝子(がらす)の板を。

君は切る、君は切る。


四十年十二月



「邪宗門」より







北原白秋(1914-1987)
「人形つくり」及び「足くび」は 思ひ出―抒情小曲集より












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おくつの中に

おくつの中におばあさんがござる、
子供がどっさり、しまつがつかない、
おかゆばっかり、パンもなにもやらず、
おまけに、こっぴどくひっぱたき、
ねろちゅば、ねろちゅば、このちびら。

There was an old woman who lived in a shoe,
She had so many children, she didn't know what to do;
She gave them some broth without any bread,
She whipped them all soundly, and put them to bed.

お月さまの中のおひとが

お月さまの中のおひとが、
お月さまの外をながめて、
そして、こうおっしゃるわ。
いま、いま、わたしはおきかかる。
赤子(ねんね)のみんなはいまお寝(よ)る。

The Man in the moon
Looked out of the moon,
And this is what he said,

'Tis time that, now I'm getting up,
All babies went to bed.

まざあ・ぐうす 白秋訳









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市松人形のいっちゃんをぽちっとありがとうございます。

写真はいつ頃のでしょうか。2003年の秋だったでしょうか。。。。?

ワイルドターキー、ブッタ君の体重判明

  • Day:2013.10.18 21:51
  • Cat:
日本は今週とても大きな台風が通過しましたね。


被害に遭われた皆様に謹んでお見舞い申し上げます。


そしてまた、大型台風が接近中とニュースで見ました。
また皆様どうぞお気をつけください。



こちらは、今年はまだハリケーンの来襲が一度もありません。
このまま何もなければよいなと願っています。





以下の写真は今週初め、この猫さんたちのおうちへ再び遊びに行ってきたときのものです。


少し山奥のハイウェイ。 早くも紅葉が終わりかけていました。
ちなみに、コネチカットの高速はすべてタダです。
日本はなぜ、ああも高いのでしょうか。。。


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ブッタ君、柵で囲まれたスペースを作ってもらって、お外満喫中でした。
名前呼んで「おいで~」と言ってみたのですが、「オマエガコイ」と言っている顔です。
人間みたい~。

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こちらはシャドウ君。うちのユキちゃんと同じ甲状腺の病気のお薬を飲んでがんばっています。

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わ、ブッタ君の腹に視線が! (オナカでなくて、ハラです、ハラ^^;;;;)

ちなみにブッタ君の体重、今度こそちゃんと聞いてきました。

飼い主さん、一瞬詰まったあと、「23ポンド・・・」とポツリ。。。。

23ポンド = 約10.5キロ。


「・・・・・・。」





そして↓は、去年のとあるお店の、今年のハロウィーンディスプレイ。

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去年に比べたら、明らかな手抜きだ~・笑

あ、でも、80年代ファッションで決めたファミリー衣装、なかなか粋ですね!
こんな家族が "trick or treat!" とやって来たら、格好いい(多分)です。





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最後は高速ではないけれど(高速だったら大変です)、道路を渡っていたワイルド・ターキー。
(お酒ではありませんよ:お約束)



最後の最後に留守番の人(猫)↓。

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スン、スン、スン、ヨソネコサン ノ ニオイ ガ シマス。






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水に映える落ち葉をぽちっとありがとうございます。

HPアーカイブ① べべ・マリーを訪ねて

*ホームページから消してしまったページを少しずつブログに転載していきたいと思います。
(一番下に追記があります)

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ニューヨーク阿房列車 ~べべ・マリーを訪ねて~
"doll stuff"ページより転載






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『阿房というのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。』


上は内田百閒著『特別阿房列車』随筆冒頭です。

2007年7月初め、久々のNew York Cityへ電車にての日帰り旅行です。

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NYへは用事があって行きましたので、厳密には阿房列車ではありませんが、気分だけでも「阿房列車」を楽しみたいと思いながら出発です。

わたしの住む町は、コネチカットの中心よりも少し上。そこからまずは車で駅のあるNew Havenへ。ニュー・ヘイブンはコネチカット第二の都市。ニューヨークへも近く、東京でいえば首都圏内です。


ニュー・ヘイブンといえば、サリンジャーの"Franny and Zooey"のフラニーのほう、冒頭で彼女が降り立つ駅はユニオン・ステーションだとばかり、いつの間にか勝手に思い込んでいたのですが、実はボストンでした。それというのも、New Havenにはイェール大学があります。フラニーがハーバードとイェールの伝統的フットボールの一戦"The Game"のある日に、フラニーのボーイフレンドがプラットフォームで彼女の乗った汽車の到着を待つところからストーリーが始まるのです。
その後よく調べてみましたらこの伝統試合はボストンとニュー・ヘイブンと隔年開催であることが判明。なるほどそうでしたか。
ついでながら、わたしはサリンジャーの"Franny and Zooey"も含めてグラス家シリーズが好きです。ファナティックなファンが多いサリンジャーです。60年代以降「時計じかけのオレンジ」と共にサブカルチャーへの影響は計り知れません。


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前置きが長すぎます。


わたしたちが乗る電車はメトロ・ノースというNYCへの通勤電車。日曜でしたのでガラガラです。

内田百閒の「阿房列車」シリーズを読んでいると無性に電車(汽車は叶いません)に乗りたくなります。
日本へ帰った時に乗ったのは成田エクスプレスと新幹線のみ。とてもローカル電車ののんびりとした醍醐味は味わえません。何しろ百閒の阿房列車は全て昭和20年代後半から30年代初めです。蒸気機関車と電気機関車が共存していた時代。今では異次元空間のようなものです。

ニュー・ヘイブンからはAmtrakでもニューヨーク、ボストンへ行けます。但しNYでの停車駅はペン・ステーション。グランドセントラルでないのが少し寂しいです。乗り心地はメトロ・ノースよりもよかったように記憶していますが、阿房列車では電車は古いほど赴きがあり好ましいようです。


そしてこの、今回のメトロ・ノースですが。ニュー・ヘイブンが始発ですので、他の人たちとのんびりプラットフォームで電車の入ってくるのを待ちました。日本のように乗車口などのサインはありませんので並んで待つということはありません。電車がゆっくりゆっくり停まってからおもむろに乗車口に向かいます。

待つこと数分。大儀そうに電車が入ってきます。

進行方向窓際の席を悠悠と確保。発車前、車掌さんが何か叫びながら通路を渡って来ます。その後乗客たちが幾人か席を立ち車両前部へ移動していきます。

何かと思ったら、「ここから後部車両は全てクーラーが壊れて動かないですよー。冷房車は前二両だけですよー」とお知らせして廻っているのでした。
外は気温25度ほど。車内も爽気・快適で冷房が必要なほどではありません。そのまま居座ることにしました。これが30度を超える蒸し暑い日だったとしたら、それはまた別の話です。

初めからこののんびりぶりに、「これなら百閒の乗った電車(や汽車)に近い味わいがあるかもしれない」と思うのでした。

ぷわ~んとのんびり一声。日本のようにジリジリと大きな音で最終乗車を促すわけでもありません。ごとごとゴトゴト・・・静かに走り出しました。・・・揺れます・・・この揺れ具合には子供時代を思わせる懐かしさがあります。レールと枕木から伝わる振動を座席に感じます。車内も暗く、どうもこの電車は196、70年代から走っている功労車ではないかと思われます。アメリカで昔の日本を感じることも実はそう難しいことではないのかもしれません。


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停車駅は10も無かったと思います。私の座席は海側。ヨットの沢山並んだ綺麗な海を見ましたが、残念、写真が間に合いませんでした。すいません。本当はエドワード・ホッパーの絵に出てくるようなおうちの並ぶ景色を期待していたのですが、そんなものはありません。反対側だったらまだチャンスがあったのかもしれませんが、帰りは真っ暗で何も見えませんでした。これまた残念。次は反対側に座ろうと思います。

所要時間約1時間45分。新幹線ならその半分以下で到着するのではないかと思われるのんびり速度。まだかまだかと時計を見始めた頃マンハッタンのビル郡が遠くに見え始めました。そしてそれも束の間、ぐんぐん地下のトンネルへ這入っていきます。

さあ、グランドセントラル・ステーションです。

          

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駅構内です。1860年代建造。ビスクドールよりも古いです(但し現在の駅舎は1913年に改装・修復)。

この駅だけでもニューヨークに来た、という雰囲気がたっぷりで、色々ご紹介したいのですが、
すっかり興奮していたのと、待ち合わせに遅れそうだったのでろくな写真がありません。
もうMOMAへ話しを進めます。






今回MOMAに立ち寄れたのは全くの偶然です。限られた時間しかなかったので、無理だろうと思いつつも、もしかして、という気持ちもあり、カメラを持参して本当によかったです。

たまたま用事のあったホテルがMOMAの斜め向かいだったのです。どうせ行くならタクシーでと思っていたので、MOMAと待ち合わせのホテルとの距離感を知ろうとも思っていなかったのです。
まさかこんなに近かったなんて。

ホテル到着後、少し時間が空いて「MOMAならすぐそこよ」、と云われた時には鳥肌が立つ思いでした。

見学時間は僅か45分と限られていましたが、観光客で込み合う日曜の美術館を走り抜けてマリーを探しました。


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4階だったか5階だったか・・・ワイエスの"Christina's World" (1948)の前を通り抜け、右に角を曲がったところで彼女は忽然と姿を現しました。


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一つの vitrine、ガラスケースに並んでいたのは、

フリーダ・カーロ "Self-Portrait with Cropped Hair"(1958)、

ハンス・ベルメール "The Doll" (1935-37)、

アンドレ・ブルトン "Poem-Object"(1941)、

そしてジョゼフ・コーネルが2ピース "Untitled (Dieppe)"(1958)と、
Untitled (Bebe Marie) (early 1940s)。

この空間だけでも飽かずに一日中ずっと見ていられそうです。




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正直、これほどのものとは思ってもみませんでした。最初の感想は 「写真と全然別物」。

とはいえ、わたしの撮影した写真は反射が著しく更に遺憾なのですが、ご容赦ください。

でもどっちにしても無理です無理です。どんな写真でも実物から受ける圧倒的な何かは感じられないだろうと思います。

実物のマリーはジュモウの人形であるのに、ジュモウというブランド名さえが取るに足らないことのようで、コーネルの存在に圧倒され消え失せていました。

時の流れを意に介さない、独自の時間の中で空間を見つめ、完全なコーネルの「永遠の所有物」であると思いました。

少なくともわたしは、マリーの中にコーネルの存在を痛いほど感じました。

今では誰も触れることの出来ない、とてもとても遠いところに彼女は居ました。何かを必死に見つめているようで、実は何も見ることを望んでいないような。

あまりにも高貴で、まるで写真に撮られるのを拒んでいるかのようでした。



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これがクロースアップの精一杯です。ペイントの飛沫がお顔にも目にも散っているのがお分かりいただけるでしょうか。

小枝と同じにキラキラと神秘的に光っていました。



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コーネルはとても内気な人だったそうで、生涯独身でしたが、ローレン・バコールやグレタ・ガルボなど、現実には手に届かない、高嶺の花的女性に淡い恋心を寄せていたと云われます。晩年は特に隠遁癖が高じ、ニューヨーク州を離れることが殆どなかったそうです。

そういう意味ではマリーも決して手の届かない永遠の少女的存在だったのではないでしょうか。だからこそ、殆ど宗教像のような無垢で孤高の「誰も近づけない」印象が伴うのかもしれません。



コーネルのアッサンブラージュは殆どが架空の少女や敬愛する女優、バレリーナへのイマジナリー・プレゼントとして作成されたと聞きます。

これらの箱群は実際に触って遊んでもらえるように作られています。アートというのは二次的目的だったようです。

同時にコーネルは、嘗て誰かが大切にしていたもの、でももう誰も振り向きもしないようなオブジェクト(悪くいえばがらくた)を古本屋、古道具屋などで探し、それらの「過去の遺物」を箱に閉じ込めておくことを好んだようです。

べべ・マリーは、少女への贈物ともとれますが、実は憧れの少女をそのまま箱に閉じ込め(てしまっ)たアッサンブラージュとして大変興味深い存在ではないでしょうか。


「鬼火」の主人公に似た過去への郷愁、執着を表す感情ですが、コーネルはそれをオブジェクトで固形化させました。
時の流れに対するささやかな、でも偉大な抗戦です。



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さて、他の展示品ですが・・・すっかりべべ・マリーの虜となってしまったのと、タイムリミットのせいで殆ど何も見ておりません。

MOMAにはゴッホの「星月夜」やダリの「記憶の固執」があるのですが・・・

それでもピカソやRothko(好きなのです)、ポップ・アートはチラチラ見てきました。

所蔵約15万点のMOMA。べべ・マリーが常設展示されているのかどうか不明ですが、僅かな時間の間に出会えたこと、とても幸運でした。また会いに行こう、と誓いました。




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これで阿房列車ニューヨークを終わります。
お粗末様です。

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写真は帰る直前、グランド・セントラル・ステーションの向かいの通りから写したクライスラー・ビルディングです。
2007年現在、ニューヨークでエンパイア・ステート・ビルディングに次ぐ高さを誇ります。

帰りのメトロ・ノースは9時7分発。この時期ニューヨークは9時になっても明るいのです。

夜12時には無事おうちに着きました。



最後になりますが、マリーの号数は7か8くらいでした。無意味な補足ですね。



後記:2007年7月現在、Bebe Marieは5階、ギャラリー12に展示されています




べべ・マリーについては以前 Read it in Books に『コーネルの箱』として紹介しております。

Dedicated to: 本の存在を教えてくださったけろたさんと、MOMAのコレクション蔵本をご紹介くださった塚人さんに。





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クリスティーナをぽちっとありがとうございます。


*追記:メトロ・ノース、本当に何もかもが古いようで、去年は線路の脱線事故(けが人多数)、
そしてつい先日、ケーブルの故障により、1週間以上に渡って大幅なダイヤの遅れがありました。

ニューヨークにはこの記事以降も何回か行っていますが、残念ながらMOMAには足を運んでいません。
今度は1日ゆっくり見てきたい、と思いつつ、時間だけが過ぎていきます。
(マリーの時間は止まっているのに・・・! ^^;)

オビ氏の近況

  • Day:2013.10.03 20:59
  • Cat:日常
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例の、クマの出るハイキングコースにあるビーバー沼。
紅葉が始まっています。









オビ氏ファンの皆様(正確には約1名=Sさん)、お待たせいたしました。

(オビ氏って誰?の皆様、去年の記事です。)






ローラは4月に足を骨折してしまって、なかなか治らず、今年はキャンプは無理そうだったのですが、なんとか9月の終わりに1週間ほど行くことができました。

今年も彼女のキャンプ中、わたしがオビ氏のお世話をするはずだったのですが、
急遽オビ氏もローラのキャンプ地の近くに住むお友達の家に滞在することになり、
わたしは結局ウサギさんたちと、インコのバタースのお世話のみすることになりました。
(クッキーは去年の冬、虹の橋へ渡りました。。。)






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この方↑が不在のため、うさぎさんたちとバタースのお世話は超楽ちん。でした。


実に気持ちよいくらい、楽勝でした。
(嬉しさを滲ませたいため、フォント大きいです↑)



オビ氏、とってもかわいく楽しい子なのですが、ローラの秘蔵っ子、お世話も色々大変で気を使うのです。
(1日3回の食事、ケージから出る時間日に2時間ほど。気に食わないとクワっと噛みつく・・・・等々・・・・これが1週間~10日ほど続きます^^;;;;)


ローラのお友達という方も鳥さんをいっぱい飼われている方のため、オビ氏の扱いもお手の物、オビ氏本人もとても楽しいバケーションとなったようです。ヨカッタネ、オビ氏!



彼らの帰宅後すかさず、オビ氏に話しかける体を装い、「じゃあ、来年もまた行きたいよね~。家に残るのイヤだよね~と、あくまでもさりげなく、ローラに聞かせることを忘れなかったワタクシでした。
(自分で言うのもなんですが、目が笑っていなかった、と思います、はい。)




兎にも角にも、皆が大満足の、今年のローラのキャンピングでした。








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