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何もかも風のやうに 家族の肖像

          




            何もかも風のやうに過ぎてしまひますわ。もうぢき。



1954年、歌人・中城ふみ子が、当時は編集者だった中井英夫に送った一連の、熱湯のような手紙の中の一文です。
日付は五月三十日。彼女の命日は同年八月三日。享年三十一歳。









1920年代、アメリカ東部、ある一家の肖像。

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子供総勢7人!
帽子を被っているのがお父さん John 一世。椅子に座っているのがお母さん Maria。
二人ともイタリアよりの移民。英語は生涯片言でした。






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お父さんの左が長男 Ruffy, 手前の少女が 次女 sally、
お母さんと手をつないでいる男の子が五男の George、その後ろの青年が次男 Pat.






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この写真を初めてみたとき、写真の中のその人は既にこの世にいなく、ワンちゃんの名前は謎のままです。
どっちにしても、もしその人に聞けたら、照れたような笑いで「忘れた」と言うか、冗談に紛らわしてしまったと思います。グルーミングが必要なわんちゃん。






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Georgeの隣、少し途方にくれたような顔をしているのが四男のJohn ジュニア 、
後方で肩に手をかけているのが長女 Filomena。
一番右隅が三男の Nick。




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サリーのドレスのクロースアップ。ぼけているのが残念ですが。

ジョージは双眼鏡をかけているし、男の子たちはそれぞれ花を胸に飾り、最大級のおめかしをしています。




その人、途方にくれた顔の四男が、家人のお父さん。
つまり、わたしの義理のお父さんです。

2004年に91歳の長寿を全うされました。
第二次世界大戦では南方、フィリピン、沖縄とアメリカ陸軍でアジア大横断。
戦後はGHQとしてしばらく日本に駐屯していたらしいですが、戦争の話は生涯、一切家人にもしなかったそうです。
稀にチョコレートやガムをねだる子供たちの話を笑いながら語ったとか。

帰ってきてからも、戦争の悪夢にうなされることが時々あったそうです。
大きな声で魘され、ベッドから転げ落ちることも。
ジャングルでは過酷な目にもあったという話を、家人から又聞きしました。

1970、80年代には、アルコール依存症になったこともありました。
今でいうPTSDに、ずっと苦しんでいたのだろうと思います。


わたしには終始穏やかな笑顔を向けるばかりでした。
会話はなかったですが、優しかったです。





(うちの家人は、お父さんが40代後半のときの子です^^;)



とある家族の肖像。



穏やかな、でも確かな風が吹きます。






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